第6回 - 暁照夫光夫さん(漫才) - 1999-10-24
 僕が一番イヤなのは、うちの松鶴師匠の落語って年とって歯の噛み合わせが悪くなったテープしか流れないことなんですよ。活気がある時代のものを集め直しているんですけど、開場の時に流したんは昭和45年のものです。

 この会をするようになって、一ヶ月がとても短く感じますね。出演交渉して、調べてね。ちゃんとゲストの事を調べてるんですよ。よく知っている人でも、ほんまは知らんこと多いし、楽しいですね。

 無学では、ほんまもんの芸ができたらええなあと思っています。ここには僕が見たいと思う人たちを呼んでいきます。無名の人も呼ぶこともあると思います。有名な人でも日頃TVでは見せない姿を見せたいですね。例えば間寛平さんを呼ぶとしても、いつもの寛平さんじゃなくて『かっこいい』寛平さんを見せられたらなと思ってます。でも前のさんまは、結局最後までまわしとらさんと笑いながら帰りよったなあ。今度呼ぶときは落語とかさせてみたいですね。

 ところで僕って天然ですか? 僕は自分できっちり計画立ててるつもりなんですけどね。いや、僕の周りは天然多いですよ。兄は天然ですわ。母親の葬式の時、坊さんに「なんぼや」って問いつめるし。胃ガンの手術を町医者でしようとするし。姉も天然。交差点で自転車動かへんって騒いでて、ずーっとブレーキ握りしめてたりするしね。

 この世界入ったんは、まず母親を笑わそう思ったところからです。母親と相撲とるでしょう。母親も末っ子の僕には負けたくない、思うんでしょうなあ。ムキになるんですよ。僕は負けて投げられて、死んだフリするんが好きですね。

 あの母親がおり、あの父親がおり、そこに松鶴師匠が合わさって。今の僕があるんだろうなって、感謝してます。僕のこの世界入ったきっかけは、道頓堀アワーなんですが、そこに宮川左近松さんもでてはったんですね。僕は、次は照夫師匠を呼ぼう、あの三味線をききたいって思ってたんですよ。そしたら時同じくして、照夫師匠の方も出たいって思ってて下さって、今日来てくれはったんです。

 こんな言い方したら失礼ですけど、光夫さん、三味線上手くなりはりましたね。びっくりしました。もともと光夫さんは、照夫師匠のバーのボーイをしてたんですね。付き人をしてたのも、ええ弁当が食べられるかららしいですわ。それが三味線するようになったんは、袖で師匠を見てて「あんなふうに早く弾けたらええなあ」と思ったかららしいですね。

 照夫師匠も最初っから漫才してはったわけじゃないんですね。最初は浪曲の弟子やったそうで。三味線じゃなくて、浪曲でいこうと思ってはったんやて。でも年頃なって変声期に入って、漫才しはるようになったんやてね。のちに一斉を風靡した「宮川左近ショウ」(宮川左近・暁照夫・松島和夫)ですが、当時浪曲の先生が漫才するってことはなかったんです。初舞台の神戸松竹座のトリっていうのは、やっぱり浪曲というのは重きを置かれていたからでしょうね。始めのうち宮川左近ショウは全然ウケなかった。カタイ浪曲師3人がやってたからやろなあ。宮川左近ショウが受け出したのは1年ちょっと経ってから。テーマソングはご贔屓の人が提案してくれて、リーダーの宮川左近師匠が詞を考えはってんて。照夫師匠の三味線早弾きも、あんまり受けないから無我夢中でやったもんやねんて。名台詞「なんでこんなにうまいんやろ」もこの時即興ででてきたもんらしい。和夫さんは和夫さんで一生懸命やってはってね。(笑)リーダーの宮川左近師匠がなくなって、解散し、それから光夫さんと2人でするようになってからは、この台詞を言うのがなんや恥ずかしくなってきたそうで、あんまり言いはらへんらしいわ。

 照夫師匠はリーダーが亡くなってから、一人でやろかなと思ってはったんです。それが一人の舞台の最後に遊びで光夫を出したら、これがええんちゃうかと言われて、一緒にやるようになってんて。これまで13年やってはるけど、上手い下手は別にして、安心して漫才できるようになったんは、3.4年経ってかららしいですわ。三味線に古典的なイメージしか持ってない若い方が、じいっと聞いて、拍手してくれると嬉しいって照夫師匠は言います。照夫師匠の所には、CHARさんみたいな一流のミュージシャンが、ジョイントしたいって来るんです。照夫師匠は日頃自分がやれないことを発散できるし、なによりロック的な部分が好きなんですね。

 漫才の後に、照夫師匠の早弾きを聞いたわけですが、最初漫才してはったときに、上でモニター見てたんですよ。そこで、ここで拍手入れたらええのにと思ってたんです。でもね、ここで聞いて分かりました。あれは拍手入れられへん。すごい迫力です。三本の糸で、あれだけの迫力出せるというのはすごいですね。

 余談ですが、河内音頭のあのイントロの部分のおなじみのフレーズ、あれ若い時に照夫師匠が作ったんやて、河内音頭のもともとのイントロは長すぎたから、簡単にしたものらしいわ。そんな若い時からいろんな事をされていたんですね。